ロゴ:食の都庄内 ガストロノミーツーリズム

Another Talk「美味しい旅本」アナザートーク

『美味しい旅本1』~美味しい余話 Ep.1~
『美味しい旅本』シリーズ3冊目の発行にあたって、これまでのご登場いただいた皆さんの対談から、紙幅の都合でカットせざるをえなかったお話の一部を公開!対談の収録内容の文字起こしから、その語り口などもほぼそのままにお伝えします。

アル・ケッチァーノ オーナーシェフ 奥田政行さん
(インタビュー日:2023年1月9日/対談のお相手:小林好雄さん)

――庄内の「食」の特長
食材のバリエーションがすごい。季庄内は語が食べ物ですからね。海と山が近いとか、四季がはっきりしているとか、ローカル野菜や天然の植物、栽培野菜も果物も魚介類も畜産品も多いとか。それだけ食材のバリエーションが多く、優位性がたくさんあるんです。ガストロノミーツアーでも、生産地から生産地までが近いから「民田なすはもともと京都の宮大工の人が来て…」なんて話し終わるくらいにちょうど次の目的地に着く。近いところに食材と食材が凝縮してるんです。そのくらい豊富で、だからうちのお店の料理は「出合いものの料理」なんですよ。食材と食材の完全な出合いものを探す。それに塩とオイルだけでおいしくなる、唯一の、恵まれた、世界中でここでしかない場所。世界でここでしかできない料理なんです。

――食材と料理
庄内の人たちは豊かな食材を楽しむような料理をしてきたんですよ。素材の味を大事にして、調理法にこだわる料理。だからだだちゃ豆のゆで方にもこだわって論争する(笑)。これは出羽三山をはじめとする自然崇拝、八百万の神の信仰のように、素材一つ一つに神が宿っているっていう考え方で、その素材を知って考えてつくる。僕の料理は味付けが塩とオリーブオイルだけのこともありますけど、庄内の食材にはパワーがあるから塩だけの料理になったというだけです。調味料を使えばいかようにも味はできてしまう。甘くないトマトにはちみつを使うとか、酸味が足りないトマトにヴィネガーを入れるとか、へこんでいる味を調えるのが調味料。でも庄内の食材はパワフルで力強い味だから、味の足りないところに他のパワフルな味のとがった食材を持ってくると、味のバランスが完成するんです。山と海が近いから同じ水系の水で育ったもの同士、変に味の仲介役のだしとかを使わなくてもおいしくなる。それが庄内で悟ったことです。
僕は庄内の自然を駆けめぐったので、この山の山菜はこういう味がするとか、海水を舐めて後ろの山がどういう環境かがわかります。ワイルドガストロノミーでも、丸い葉っぱはおいしいとか、ふきのとうは南西の斜面がいい、カンゾウは川の近くが甘くてみずみずしい、日が当たると野草は苦くなるとか、毎朝食材を採りに行って実践的に学んだこと。庄内の土と、水と、気候と、太陽の光がどういう影響を与えるかを勉強すると、谷定の孟宗がおいしい理由も、だだちゃ豆のどの畑がおいしいか?、吹浦の岩ガキがなぜおいしいかという理由もわかる。どこの産地がオンリーワンで、庄内のどの作物が世界でオンリーワンなのかわかるんです。
食材はすべて生きもので、生きものが育った環境から料理を考えていくことができます。それは庄内だからできたこと。たぶん世界で唯一無二の場所。本来は食べることが一番の喜びで、そういう食卓の風景が庄内には残ってるんじゃないかなって。

――奥田シェフの料理とは
20年くらい前、あるお客さんから僕の料理に対する考え方というか、弱い、痛いところを突かれて、頭を冷やそうと思って注連寺に座禅を組みに行ったんですよ。そしたら天井絵に手にも牛にも見える月山の絵があって、そうか!料理はこれでいいんだって。食べ手によって見方が変わる、それでいいんだって。そこから料理を変えました。味を作り込まず、余白を残して、結論は食べ手に委ねる。食べ物はその人の未来をつくるものだから、食べた人が味を完成させる前向きな思考になる料理の味付けに変えた。それまでの料理は自分の評価を得るものだと思っていたけど違う、どっち向いて誰の為にどんな料理を作るか?と考えた時に生産者を食べた人を庄内を幸せにするものだって。それからは素材を一つ一つ食べて、自分の中から湧き出るものを大事にしてきたし、パッと見た時に僕の料理だって分かるような料理を目指してきました。世界の一流のシェフも太田シェフの料理もパッと見て分かるでしょ。華道や陶芸が見るとどんな流派か分かるみたいに。料理も見ればスタイルが分かる。一言で言えば料理はその人そのものなんです。そういう料理人が庄内にもこの先いっぱい増えるといいなと思います。

――庄内の味のこれから
庄内の歴史を勉強すると、「スーパースター周期説」ってあるんですよ。例えば群馬からは数年おきに総理大臣が出るみたいに、庄内は20、30年ごとにスターが現れる。丸谷才一が芥川賞(1968年)、藤沢周平が直木賞(1972年)を取った時代、レストラン欅(1967年)やル・ポットフーを開いた佐藤久一さんがいて太田政宏シェフがいて洋食文化が花開いて、伊藤珍太郎さんが『庄内の味』を書いて(1974年初版)、すごい人たちが重なりあった10年があったんです。それから30年たって僕が「今やらないといけない」と思って言い始めたのが「食の都庄内」(2004年)をつくることでした。今の時代ならすごい生産者の人たちが庄内で生きてる。江頭さんもいる(山形大学農学部)、山澤さんもいる(ハーブ研究所スパール)。皆さんが僕の夢に付き合ってくれました。
食の都運動をやったのが2004年でもう20年たつので、10年後の2034年にはそろそろ次のスターが出ないといけないですよね。ガストロノミーツーリズムは2034年のスターになる人たちの応援にもなります。1つの店がミシュランの星を獲るためにやるんじゃなくて、みんなで地域を創っていく。僕も「奥田さんを見てみろ、1人であんなことやって」って料理人の先輩たちに言われるけど、1人じゃないんですよ。みんなの協力があって大きなことが動き出して、スーパーヒーローの生産者がたくさん出てきて、食の地域のイメージが全国で認知されていきました。これからはみんなで次の庄内をつくっていこうっていう雰囲気にしなきゃね。僕の時代、変わっている人は出る杭みたいに打たれてきましたけど、今は認め合う時代。そういう風が庄内に吹くように、私たち中高年がしていかないといけないですよね。

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